
フィリピンにある「San Agustin Church(サン・アグスティン教会)」は、スペイン占領期に建築されたフィリピンで最も古い大聖堂。
8回の大地震と第二次世界大戦の爆撃を生き抜いたフィリピンの数少ない世界遺産の一つでもあります!
フィリピンの代表的なバロック聖堂として1993年にフィリピンで初めてユネスコ世界文化遺産に登録されました。
そんな『奇跡の大聖堂』と呼ばれるSan Agustin Churchの魅力とは!?
そして意外な日本との関係を知っていますか?
今回の記事では、「San Agustin Church(サン・アグスティン教会)」の歴史から見どころまで詳しく紹介します!
他にも、フィリピンでおすすめの観光地「フィリピン・パナイ島の観光地とは?意外と知らない場所を大公開!」なども紹介しているので是非チェックしてみて下さいね。
サン・アグスティン教会はどこにある?
「San Agustin Church(サン・アグスティン教会)」はフィリピンのどこにあるのでしょうか。
フィリピンの英雄「Jose Rizal(ホセ・リサール)」が眠っている、観光地としても有名な「Rizal Park(リサール公園)」から歩いて10分のところに「イントラムロス」という城壁に囲まれた街があります。
この、観光地として有名な、マニラ旧市街の「イントラムロス(Intramuros)」の中にあります。
街はスペイン支配下にあった時代にフィリピンの拠点として機能していて、スペイン文化の影響からバロック様式の建築が頻繁に見られる特徴もあります。
ちなみに地図で見ると以下の場所になります。
サン・アグスティン教会の見どころは?
特に18世紀に建てられたパイプオルガンと人が描かれたリアルな石の柱とドームが見どころ。
400年もの間、戦争や地震など起きる中、一度も破壊されなかったことから、『奇跡の大聖堂』と呼ばれ、結婚式やイベントがたくさん開かれます。
大聖堂のすぐそばには、博物館もあり、フィリピンカトリックの歴史と中世の大聖堂美術品を観覧できます。
規模、作品の所蔵数、質などみても、期待以上の驚きがあること間違いなしです。
博物館内の小さな庭もお見逃しなく!
(博物館画像)
過去に2度焼けてる!? “3度目の正直” 建造物
「San Agustin Church(サン・アグスティン教会)」は、過去に2度焼けてしまったという歴史があります。
実は初代の教会は1571年に竹とヤシの木で作られたとか。
そのため1574年に明からの海賊(Limahong)によって簡単に焼かれてしまいます。
1年後、木造で再建されましたが、1583年第4代総督ロンキリョ・デ・ペニャロサの葬儀の時に失火し、また全焼します。
3度目の正直で、今度は焼けないようにと1587年からゆっくり20年かけて再建し、1607年に今の石造りの教会が完成しました。(日本で豊臣秀吉が頑張ってた時期と同じ!)
2度にわたり焼けてしまった過去の教訓を活かして、今回の教会はとっても丈夫です。
第二次世界大戦中、アメリカ軍と日本軍の激戦区だったイントラムロス。
周りの12個の教会はほぼ壊滅しましたが、この教会だけは生き残りました!
さらに、マニラを8度にわたり大地震が襲いますが、大きな被害はなかったようです。
まさに奇跡ですね。
フィリピン人たちの憧れの結婚式場
幾度となる大地震や戦争をくぐり抜けてきた奇跡の大聖堂なので、フィリピン人たちにとってSan Agustin Churchは憧れの式場です。
結婚式の予約は1年前にはしておくそうです。
気になる費用ですが、29,000ペソ(約6万円)と日本人からすると格安。
しかしフィリピン人にとっては最高級ウェディング会場なんです!
なんて言ったって『奇跡の大聖堂』ですからね。
フィリピンでは離婚が認められないので、結婚は本当に本当の意味で一生に一度きりです。
そんな奇跡的な出会いを果たした二人の特別な式をするには相応しい場所ですよね。
*ちなみに結婚式をしてる時は教会には入れません!
ツアーガイドも頼める!
エントランスの周りには人がうじゃうじゃ。
その中で、「ツアーガイド要りませんかー?」って客引きのお兄さんが近づいてきます。
30分300〜350ペソでお願いできます。もちろん英語です!
ただ、当たりハズレがあるのは事実。
中には約束の金額以上を要求してきたり、説明がイマイチだったり…。
みんな最初はフレンドリーで良い人に見えるので見極めるのは大変ですね。
行く前に知っておきたい日本とフィリピンの歴史
ところで日本がフィリピンにもたらした悲劇をご存知ですか?
日本とSan Agustin Churchの関係
実は、San Agustin Churchには日本と密接な関係がありました。
第二次世界大戦中アメリカと日本の二国に翻弄され、フィリピンは戦場と化します。
終盤の1945年の2月〜3月にわたり、イントラムスの街も多大な被害を受けることになりました。
イントラムロス内にあったSan Agustin Churchは、日本軍によって捕虜収容所に変えられてしまうのです。
1945年のマニラの戦いが終わりに近づくにつれ、日本軍はこの教会の中で人質の司祭と何百人もの住民を拘束し、17名いた司祭のうち15名殺したのです。
日本軍による非人道的な行為とアメリカ軍による大砲の集中砲火を受け、10万人以上の罪のないフィリピン人市民が命を失ったとされています。
瓦礫などで埋めつくされてしまったイントラムロスの街の中でSan Agustin Churchは生き残り、歴史を見守ってきた訳です。
今はこんなに神聖で、結婚式まで開かれるような幸せな空間で、たった70年前までこんなことがあったとはとても信じがたいです。
それも日本人によって起きた歴史なので、なおさら知っておく必要があると思います。
歴史を受け止め、明るく生きるフィリピン人たち
フィリピンは日本とアメリカの二国に翻弄され、多くの犠牲があった歴史がありました。
そのことはフィリピン人たちも当然知っています。
知った上で、アメリカ人にも日本人にも優しく接してくれるのです。
以前フィリピンの同僚が「私、日本人大好きなんだよね。昔たくさんのフィリピン人殺したけど…」と話してきました。
私はそれを全く知らなかったので、恥をかきました。
日本には義務教育で習わない史実が多いと思います。
教育のせいにするつもりはありませんが、知っておかないと困る場面があります。
フィリピンに限らず、他の国に対してもそうです。
傷ついた方はずっと覚えています。
日本が何をしてきたか、良い部分だけでなく、知られたくない部分も知る必要があると思います。
フィリピン人の日本に対する意識は?
フィリピン人たちは、昔は昔、今は今!と割り切っていて、戦後から現在に至る日本の援助に感謝してるようです。
どうやら1900億円の賠償金、政府開発援助、インフラ整備や人材育成等いろんな援助があったみたい。
反日感情は薄れつつあり、今の国民の8割が日本に対してポジティブな印象を持っているらしいです。
なので、安心してフィリピンを楽しんでください。
San Agustin Churchへどうやって行く?電車?バス?タクシー?
タクシーが安くて良いと思いますが、乗る時にメーターがない(あっても「無い、壊れてる」と嘘をつく)タクシーには注意してください。
そんなタクシーは大体ぼったくりなので、乗る際にはメーターの有無を確認しましょう。
マラテから10分、マカティから30分、ニノイ・アキノ空港から40分です。
Grabというアプリを使えば、乗る前から金額が確定しているので、遠回りして乗車賃増しする悪徳ドライバーに遭遇する心配がありません。
所在地 | General Luna St, Manila, 1002 Metro Manila (Google Map) |
---|---|
電話番号 | 02-527-2746 / 02-527-4052 |
営業時間 | 8 am – 12pm /1 pm – 6pm |
入場料 | 大人P200、シニア/学生/子供P160 |
定休日 | 無休、結婚式がある時は入場不可 |
行き方 | マラテから10分、マカティから30分、ニノイ・アキノ空港から40分。 |
まとめ
いかがでしたか?
フィリピンの中で6つしかない世界遺産のうちの1つであるSan Agustin Churchを紹介しました。
San Agustin Church(サン・アグスティン教会)」の魅力についてまとめると、
- ・San Agustin Churchはスペイン占領下に建てられたフィリピンにある最古の教会
- ・芸術品のレベルが高い
- ・なかなか壊れない頑丈な教会
- ・フィリピン人憧れの結婚式場でもある
- ・戦争中日本が捕虜収容所に利用した過去がある
どこの国にも引けを取らない素晴らしい建築や展示品の数々。
神聖で、人々にとって憧れの結婚式場としても有名ですが、日本による残酷な歴史もありました。
とても意味のある場所なので、マニラを訪れた際にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。